宇都宮の風俗街の歴史から風俗を考察します

宇都宮の風俗歴史

宇都宮風俗の歴史

宇都宮風俗街のいわゆる歓楽街は、東北新幹線や東北本線などが通るJR宇都宮駅周辺ではなく、東武宇都宮駅周辺に存在する。 東武宇都宮駅前には「オリオン通り」と「ユニオン通り」という商店街があり、ソープランドを中心に並ぶ一角があります。 このあたりは江野町・池上町・泉町という地域で、商店街の中に風俗店があるので派手な歓楽街ではありませんが、栃木県でも有数の風俗街として君臨しています。 風俗店だけではなく、居酒屋やキャバクラ・スナック・バーなども密集する通りもあります。

そんな宇都宮風俗の歴史のはじまりは、江戸時代までさかのぼります。 実は宇都宮には江戸時代に遊郭が存在しました。 宇都宮は11万石の城下町で、奥州街道と日光街道の分岐点にあたるところで宿場町になっていた場所です。 宇都宮宿と呼ばれ、17番目の宿場町(宿駅)として、多くの人が集まり自然と繁栄していきました。

遊郭の説明を念の為にしておくと、遊郭とは、江戸幕府公認の大人の遊び場である。 大人の遊び場とは、風俗である。尚、遊楽はまたの名を新地とも呼ばれています。

宇都宮宿の遊郭は「亀遊郭」と呼ばれ、宇都宮城が「亀ヶ岡城」と呼ばれていたことに由来します。 宇都宮宿に江戸幕府から遊郭の許可が降りたのは、江戸時代中期といわれています。 宇都宮宿の遊郭の最盛期は江戸時代末期で、約40軒の旅篭屋、約180名の売女がいたという記録が残っています。 江戸時代の宇都宮売女はとても派手なのが特徴的で、江戸幕府から宇都宮宿の売女の服装は、甚だ華美だと注意を受けていたみたいです。

場所は、現在の風俗街の位置と東武宇都宮駅を線路で挟んで反対側です。 河原町と今でも呼ばれる地域で、宇都宮城址公園の南側に位置します。

しかし現在、遊郭時代の建物はほとんど残っていません。その理由は宇都宮の中心地のほとんどが戦災にあったからです。 現在の河原町は、ごく普通の住宅街となっており、遊郭だったころの名残はありません。 ソープランドなどの箱型風俗店の建物の大半も戦後に建てられたものです。

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